みことの日記

2015年8月第一子出産、2017年9月第二子予定

15 出産(2)

 ようやく空が白んできた。天気の悪い朝だった。灰色の室内からカーテンを開けて灰色の街を覗き見る。高層階の病室からは、外の景色がよく見えた。ぼんやり鈍く煙っていた。
 朝から、助産師とともに医師がやってきた。
「紺さんおはようございます。少し陣痛が長引いていています。赤ちゃんの環境が悪くなりすぎる前に、陣痛促進剤を使って様子をみたいと思います」
「わかりました」
 正直、促進剤なんて使っちゃったらどんな激しい痛みがやってくるんだろう? と戦々恐々だったけれど、すでに夜中の時点で痛すぎたし、早く展開して早く終わるならそっちの方がいい、そう思えた。
 促進剤を使うことへの同意書は、だんなにサインしてもらった。自分でしても良かったのだが、そんなことすら余裕がなかったので、ありがたかった。
 すでに刺されていた点滴の針から、促進剤が流し込まれる。あまり「進んでるぞー!」という実感はなく、相変わらずの痛さがやってくるだけだったのだけれど(助産師さんもいたので多少泣き叫ぶのは我慢した……できてなかったかもしれないけど)、「いい感じだよ!」と励まされ、そのうちに「いきんでもいいよ」と言われた。
「陣痛がきたら、出そうとする感じで、力入れてみて!」
 なんかよく覚えてないけれど、多分こんな感じのアドバイスを受けた。踏ん張ってはみるものの、やり方が正しいのかどうかよくわからない。
 で、そこからさらに数十分だか一時間だかが経過。ようやく子宮口もいい感じに開いてきたとのことで、分娩室に向かうことになった。

 

 話には聞いていたけれど、ほんとに分娩台には自力で、歩いて向かう。(状態によるだろうけど。)私は最初歩こうとしたらたしかイテテと陣痛がきて、次のタイミングを待った。おっかなびっくりトイレも済ませてから、向かいの部屋に移動した。荷物もぜんぶ台車に載せて、だんなが押して持ってきた。
 そして分娩台というのはけっこうでかくて、迫力がある。よいしょと登って足をひらき、もろもろの処置を受け計測用の装置を付けて、だんなは頭の後ろに待機した。
「んー初産だと、ここから早くて二時間くらいかかるかなー」、助産師さんがいう。
「そ、そうですか……」
 時刻は午前十時ころ。まだまだ長いような気もするし、ここに至るまでの経過を思えば、あっという間な気もした。
「ところでみこと、十時だからご両親面会に来ちゃったんじゃない?」
「うあ、そうかもしれない……ちょっと見てきてくれない? まったく連絡できてないし」
 だんなが外に出ると、なんと運良くばったり会えたらしい。
「『まだ産まれてなかったの!?』ってびっくりされちゃったよ」
「おう……」

 

 さていよいよ出産が始まった。……と書くと、これまでの苦労はいったいなんだったのか? という感じだけれど、ここから後は、今までと全然やることが違った。
 最初は助産師一人のみが付き添ってくれて、陣痛がくるたび、いきみ方を指導してくれる。
「だんなさん頭を前に押して! 紺さん横の手すり掴んで、腰上げて丸めるみたいに力入れて! そう! 今のいいよ!」
 大きく息を吸っては、ぐぐぐーっと力を入れる、の繰り返し。
「んーさっきのほうがよかったよー……そうそう、それそれ! その感じ!」
 一回の陣痛ごとに二、三回ずついきむ。それでだいたい息が切れてしまうし、陣痛も遠のいてしまうので「休憩!」といって次回の陣痛を待つ。
 始めのほう、助産師さんは何かほかの作業をしながら、私が「陣痛きました!」と呼ぶたびに来てくれていた。しかし、それを何回も繰り返し、「一向に出てきそうな感覚がないんだけどこれマジで出てくんの……?」と不安になり始めた頃、力の入れ方のコツがつかめてきたのか、股の奥のほうに何かいるような感覚をおぼえた(なまなましくてすみません)。
「今ね、頭が一センチくらい見えてきたからね!」
「ほ、ほんとですか……!」
 一気にやる気が沸いてきて、力も強く入れられるようになり、いつの間にか私の周りは助産師やら医師やら何人もにわらわら取り囲まれていた。
「頭見えてるよー! 息吸って力入れてー!」
「赤ちゃんおっきくて出にくいみたいだから、ちょっとだけ切りますね!」
 たしか麻酔も入れてもらえたのか、会陰切開は痛くはなかった。そして、明らかにデカい異物が挟まる感覚。
「もうちょっと! もうちょいいきめるかな!」
「いいよ! 頭出てきた! あと一回がんばれるかな! ひとふんばり!」
「待って待って、一回じゃまだ出ません!」
 最後! と思ってぐぬぬと入れた力が「まだ」と言われて抜けそうになるが、どのみち終わりは近いはず! とそこから二回くらいがんばった。たぶん、最後は、助産師さんがこぶたの体を思いきり引っ張ってくれた。
 そして、鼻からスイカ……は大げさで、鼻からピンポン球、くらいのどでかい感覚のあと、スポン、ととつぜん軽くなった。
「ふぎゃ、ぎゃ、ぎゅあー」
「紺さん見て見て、おめでとう!」
 力が抜けきってしまったが、頑張って足元に目をやる。出てきたばかりの赤ん坊がそこにいた。ちゃんといた。私のお腹の中にいた。泣いてた。
「いやあ、大きい!」
「53センチ、4128グラムです!」
「うわあ、久々の四千超え!」
 私が後産したり、傷を縫われたりしている間(どちらもたいして痛くはなかった)、だんながこぶたの状態チェックに付き添ってくれた。体をふいたり、指がちゃんとあるかとか、そういう確認をしていたらしい。

 

 そうして帰ってきたこぶたは、髪がきちんと生えてて、頭のかたちが少しいびつで、顔がむくんでて、手はふやけて真っ白で、そしてとても温かかった。カンガルーケアを希望していたので、しばらく私の胸にのせてもらうことになった。
「って、重っ!」
 ……四千グラムはだてじゃない。命の重さと暖かさ。ときおり「ふぎゃあ、んぎゃあ」と弱々しく泣き、それでも胸にひっしとしがみついてくれた。だんなと二人、ずうっと見ていて、見飽きなかった。

 

 分娩室で二時間を過ごしたあと、経過良好とのことで病室に移った。しかしなんとまあ、歩けないことよ。下腹がきゅうとしぼられるような痛みというか違和感で、前屈みになってちびりちびりと歩いた。
 産着をきせられたこぶたも、コットに寝かされ一緒に病室へ。よく寝ている。すぐに両親も義父母も面会にきてくれ、ほんとににこにこしながら抱っこしたり頭を撫でたりしてくれた。両父親はフニャフニャした生き物をおそろしがって、ついに抱っこはしなかった。
 さっそく助産師さんの指導のもと母乳もあげてみた。といっても、ちびりとも出なかったような気はするんだけど。
 目を閉じっぱなしのこぶたが、乳首でくちびるをつついてやると、パクパクと金魚みたいに口をひらく。その、一番大きくひらいたところをめがけて、カプリと乳輪全体をくわえさせる。最初の何度かはスカスカした感触だったのが、数度目でギュッと挟まれる感覚。
「チュパチュパ音がしてたら、浅飲みだからだめ。乳輪が見えなくなるくらい大口でくわえさせて、吸われてる感覚があれば大丈夫」
 こぶたにおっぱいをあげるのは、なんともいえず暖かい体験だった。ここから先、待ち受ける日々の困難さよりも幸せがはるかにまさって、じっと寝顔を見つめていた。

 

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