みことの日記

2015年8月第一子出産、2017年9月第二子予定

3 つわり

 生まれて初めて駅の救護室を利用した。(ところでいったい妊娠中に何回の「生まれて初めて」を経験することになるのだろう。これから新しい命を生み出そうという、いい年した大人なのに!)心拍を確認した翌日の通勤途中でのことだ。体調に多少の不安を抱えながら、もちろん満員の車両で座ることなどできずに、つり革にもたれて揺られていた。


 最初から嫌な感覚はあった。急行電車の、最初の停車駅のあたりだ。なんとなく喉のあたりにこみ上げてくる違和感。しかし一旦降りようかな、と頭をよぎりつつも、所詮あと十数分の辛抱だ、と我慢してしまった。それがいけなかった。次にドアが開くまでのたった数分の間に、状況はみるみる悪化した。
 吐き気とめまいが一緒くたにやってくるあの感覚をなんと表現したら良いのだろう。脳貧血、とか言うんだっけ。
 まず、すうっと寒気が襲ってくる。そして、自分の身体が自分でなくなったような遠い感じ。立っている足も、掴んでいる手も自分のものと思えずに、見ている景色がどんどん色を失う。テレビの砂嵐のようにモザイクがかかる。
 なのに、内蔵だけが、極端に「自分」だ。存在を主張するように、一定のリズムでウッとこみ上げ、それがどんどん加速していく。足が自分のものでなくなって、立ち続けているのかもよくわからないのに、吐きそうでしかたない。誰か、袋、袋、袋をください。
 きっと、見た目には、内心ほどの変化は現れていなかったのだろう。誰も声をかけてくれないままに、電車はターミナル駅に止まる。倒れるように降り、ちょうどそこにあった壁によりかかって、数秒。おさまらない、座りたい、血液が脳に足りてないのだ、頭を下げたい。

 

 なんとかエスカレーターにたどり着いて、上の改札付近までベルトコンベアのように運ばれた。
「すみません、妊娠中なんです、休ませてください……」
 うわごとのように駅員さんにつぶやくと、若い新米らしいお兄ちゃんがものすごく慌てながら「待っててください!」と言って救護室の準備をしてくれた。いやちょ、君が待ってくれないか、と、とりあえずマジでヤバイからビニールでも紙でも袋をくれ何ならゴミ箱とかでもいいです……とか言ってる暇は、全くなかった。
 少しベッドに横になり、気分が多少ましになったあたりで通勤を再開した。思えば、ここまで調子が悪くなったのはこの日が最初で最後だったのだけれど、ちょっとトラウマになりそうなくらい、しばらく電車に乗るのがこわくなってしまった出来事だった。

 

 職場では、ずいぶんと融通をきかせてもらった。
 まず、電車がこわいというと、出張は全部隣席の男の子が代わってくれることになった。窓口業務もある部署だったのだけれど、私がいなくても回るように、輪番を組み直してもらった。
「休めるだけ休みなさい!」の言葉どおり、リーダーのゆうこさんはいない間のすべての仕事を肩代わりしてくれ、私は療養休暇やら年次休暇やら通勤緩和休暇やらありとあらゆる制度を駆使し、妊娠3ヶ月から4ヶ月のつらい期間を過ごしきった。


 なにがつらかったって、まず、朝がしんどかったのだ。
 つわりは英語ではMorning sicknessと呼ぶらしいけれど、その名のとおり、朝いつもの時間に布団から出られることはほぼなかった。
 だいたい、頭が痛いか、気持ち悪いか、身体がずうんと重い、といった具合で、なんとか這い出ることができても、食べられるのは食パン6枚切りの四分の一サイズ。それも、調子がよい日で。
 毎週ころころ食べられるものは変化したが、りんごをかじったり、柑橘類を食べたり、ゼリー飲料をすすったり、グリーンダカラを水でうすめて飲んだりしてしのいでいた。


 そうそう、グリーンダカラとエビオス錠のおかげで、私はなんとか生き長らえたのだ!
 人生の大先輩である母に、ある日妊娠について尋ねてみたときのことだった。(母は三度妊娠し、四人の子供を出産している。最後は双子だった。)
「えー? つわり? 私なかったよ。あんたもないんじゃないの?」
「私もそう思ってた。ところがどっこい、意外と死にそうなんですよ……」
「だって私は、あんたの妊娠気づかなかったからね。普通に酒のんでて『今回の二日酔いは長引くなあ』なんて思ってたら妊娠だったのよ。びっくりしたねー」
「はあ」
「ま、そんなかんじ。ああ、あれだ、エビオススピルリナは飲んでたかな。それだけだな」
 さっそく調べてみる。ビール酵母であるエビオス錠でつわりが軽くなったという体験談多数。あわてて注文し飲み始めると、効果てきめんとは言わないまでも、だんだんつわりが軽くなるような、快方に向かっていくような、そんな気がした。しかも、気のせいではなくて、本当に私の体質にはよく合っていたらしい。


 2月の頭にだんなが友人と二泊三日の温泉旅行に行くことになった。私は家でお留守番……もつまらんので、実家に泊まりがけで帰ることにした。その間、めんどくさいのでエビオス錠を飲むのをさぼっていたら、自宅に戻ってあらびっくり。おさまりかけていたつわりがそれまでの倍以上の勢力でもって再来したのだ。
 胃に物が入っていないと胃液を吐くということを初めて知った。胃液を吐いたあとにはまったく声が出なくなった。もっとひどい人は胆汁を吐くと聞き、胆汁は緑色だと聞き、それよりはましだと自分を慰めながらも、気持ちが悪くて夜は眠れなくて、「つらいつらい」と毎晩わんわん泣いていた。


 だんなは、優しかった。「大丈夫だよ」、「良くなるよ」、シンプルだけれど心のこもった声で、自分も眠いだろうに、私の頭をいつでもなでてくれていた。家にごはんがなくても、洗濯物がめちゃくちゃ溜まっても、食器が洗いカゴに山と積まれていても、文句ひとつ言わずに、空いた時間で買い物したり片付けをしてくれた。私が何日お風呂に入らなくても「いいんだよ」と許してくれたし、朝ごろごろ転がるばかりで起きあがれなくても、「仕事に行け」なんてけっして言わなかった。
 ふとんの中で、上を向いても横を向いても気持ちが悪い、寝転がりすぎて頭が痛いけどロキソニンは飲めない、せめて携帯電話で調べものくらいしたいけど画面を見るのがしんどい、ていうか寒い、布団から身体がちょっとでもはみ出ると寒くて死ぬ、春よこい、早よこい、とっとと冬もつわりも終わってくれ!……みたいな心境のなかで、だんなと職場がこれほど甘やかしてくれなかったら、自分はどうなっていたんだろう、と心底こわくなる。


「自分の身体が一番大事」
「だらだらしすぎるくらいでちょうどいい」
「お腹の赤ちゃんを守れるのはあなただけ」
 幾度も聞いたことがある台詞だったし、「そんなこと言っても私が動かなきゃならないんだ!」みたいなお母さんも世の中には溢れかえるくらいいるだろうけれど、これらの言葉はどれも、いろんなひとから何度もなんども言い聞かされないと、なかなか自分のこととしては受け止められず、また実際言葉どおりになってしまっている自分を「今はこれでいいんだ」と許すことはできなかった。
 つわりがひどかったり、上の子供がいたり、もっと大変な妊婦さんもいる。仕事を休めなかったり、代わりがいなかったり、もっと頑張ってる妊婦さんもいる。
 下も上も数えればきりがなくて、自分はこんなんでいいんだろうか、なまけてていいんだろうか、あまえてていいんだろうか、生まれたらもっともっと大変なはずなのに乗り切れるんだろうか、こんなにだめな妊婦はほかにいないんじゃないだろうか。
 そもそもこんな悩んでていいんだろうか。あんまりストレスためると、お腹の子供にとっても良くないんじゃないだろうか。ストレスで流れちゃったらどうしよう……私のせいだ、私のせいだ、私のせいだ。
 ふと気を抜くと、そんな感情はいつでも嵐のようにワッとあふれてきた。でも必ずタイミングよく、だんなが、職場の人が、インターネットで見つけたお悩み相談へのどこかの回答者が「大丈夫、大丈夫」と言ってくれた。
 なんとか、なんとか、蟻地獄のような物思いから脱出してこれたのは、まだぴくりともふくらまないお腹のなかの何かのおかげももちろんあったけれど、それよりずっと私にとっては、私の周りのたくさんの人たちだった。

 

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エビオス錠はネットで買ってました。

最初は規定通り1日30錠きっかり飲んでたけど、具合がよくなってからは量を減らしたりしてみた。 

 

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